灘・西宮郷の辰馬本家酒造さんが2020年5月25日に発売した「黒松白鹿 熟成古酒 2010年醸造」です。これまで長期熟成酒のラインナップは無かったので、新たな展開になると思います。販売は全国対象でネットショップでも取り扱いますが、5,000本(3,600リットル、20石)の数量限定となっており、25日初日販売分は即完売だったようです。第2弾以降の販売ははじまっています。
黒松白鹿 熟成古酒 2010年醸造 720ml 2,200円
コストパフォーマンスが高い
兵庫県産の山田錦を70%精米したもので、醸造アルコール添加となっています。これなら特別本醸造か本醸造でいけそうですが、特定名称表示はありません。酒母や酵母の表示がないのはいつもどおりですが、こちらの製品のほとんどは速醸酛で造られています。アルコール度は17度以上18度未満で原酒であろうと思います。日本酒度はー6と特徴のある数値。酸度は1.7となっていますが、元々長期熟成の設計だったのか、従来のラインナップの一部を長期熟成に回したものかは不明です。高価な山田錦を使ったコストのかかる10年熟成としてはかなり安価な値段になっていると思います。
過剰を排した白鹿らしさのまま熟成
熟成酒らしい琥珀色とナッツ系の芳醇な香り。口当たりから適度な酸味を纏った甘味が濃醇な旨味となっていっぱいに膨らみます。日本酒度はー6ですが甘味が過ぎることはありません。10年という長期の熟成は、ゆっくりと変化させる低温管理でしょうか、くど過ぎない古酒の味わいを実現しています。過剰なところがないバランスの良い穏やかさは白鹿らしいところ。常温では滑らかな質感が、冷やすと輪郭のはっきりした濃厚さが、温度を上げると香ばしい軽みが特徴の変化となって楽しめます。最後は古酒らしいほろ苦さでキレて穏やかな余韻を残します。
しばらく変転がありました
概観すると従来から本醸造系のお酒を主流として、日本酒度±0付近からマイナス方向の上品でやさしいお酒が白鹿らしさと感じていました。トレンドであるインパクトの強いお酒でもなく、純米酒中心にシフトするわけでもない独自の路線を進んでいるようです。基本的な流れはそうですが、ここ10年ほどを見ると、2014年11月に日本酒文化の発信拠点と銘打って「おづ Kyoto – maison du sake -」を京都市上京区にオープンするとともに、このコンセプトで「おず」ブランドなどデザイン性の高い500mlサイズの中低アルコール酒を次々にラインナップしていました。現在はほぼ消えています。2018年7月には子会社「無自」を設立して「MUNI」という異色のSAKEリキュールが発売されましたが、これも無くなっているようです。
いろいろと変転があった末、4月に経営体制も変更された後のこのお酒の登場は、新たなスタートになるのでしょうか。
長い歴史 数々の試練を超えて
辰馬家は菊正宗、白鶴の嘉納家、櫻正宗の山邑家とともに灘を代表する名門で、これまで日本酒造組合中央会会長も3期務めています。寛文2年(1662年)創業。江戸時代に下り酒の製造と廻船事業で発展した代表的な灘の酒蔵で、明治22年(1889年)には3,150kl(17,500石)を造って酒造量日本一になっています。その後、1945年の阪神大空襲で53蔵中の35蔵を焼失。一面焼け野原のなかで奇蹟的に残された1894年(明治27年)の完成の新田十番蔵、通称「双子蔵」も、1995年(平成7年)の阪神・淡路大震災によって倒壊するなど、存立に関わるような厳しい試練を経ています。
現在は平成5年(1993年)竣工の六光蔵が唯一の醸造蔵で、「白鹿」の大きな看板がある戎蔵とその南にある乾藏の大きな建物は貯蔵所になっています。