灘・御影郷の菊正宗酒造さんが2016年に立ち上げた新ブランド「百黙」の2つの新製品のうちの一つ。Alt.3(オルトスリー)とは「第三の選択(alternative)」の意味。複数のタンクのブレンドのため、酒造年度は仮につけました。平成30年7月製造。火入れ。兵庫県内限定販売となっています。
百黙 Alt.3 720ml 2,808円 「百黙 純米大吟醸」より高い値付けになっています。
特A山田錦を使う複数の原酒をブレンド
菊正宗酒造が130年ぶりに立ち上げたブランドの第一弾「百黙 純米大吟醸」から2年、2018年4月に「百黙 純米吟醸」と「百黙 Alt.3」が追加されました。このAlt.3は複数の純米酒タンクを生酒の状態でブレンドしたもの。その内訳は酒造年度も含めて明らかにされていませんが、諸々の情報を合わせると、百黙シリーズの速醸系に併せて生酛系のお酒もブレンドされていると推測されます。原料米は兵庫県三木市吉川・口吉川地区の特A地区にある契約農家・嘉納会が生産した山田錦。精米歩合は非公表。特定名称酒は名乗っていません。仕込水は宮水。アルコール度は15度以上16度未満。酸度・アミノ酸度・日本酒度も非公表。コンセプトは「いわばグランクリュ(特級畑)の最高品質の『山田錦』から醸された複数の原酒を、熟練のブレンダーが受け継がれた高い技能でブレンド」したというもので、ブレンド技術も特徴となっています。
様々な相が織り成す美しい立体感
特徴のある鶴首の瓶から立ち上る香りは穏やかな吟醸香。透明感のあるきめ細かさ。口に含むと濃厚な味わいが舌を包みます。質感のある酸味は滑らかな丸みが特徴のフルーティなもの。甘味は整った姿です。酸味も甘味も単相ではなく、異なった相を併せ持つことで立体感と質感を見せながら、洗練された旨味となって膨らみます。濃醇とさえ感じる味わいは絡みつくことなく、舌の上から四方に流れ落ち、続いて微細な辛味がパッとはじけてほどよい刺激を広げます。キレは鮮やか。美しい味わいの移ろいの末に、静謐で穏やかな酔いと淡い酸味のシルエットが次の一杯を誘います。派手なパフォーマンスとは対極にある高いパフォーマンスのお酒です。
[Introduction by Kikumasamune Brewry] Alt.3 is a blend of unpasteurized sake brewed from Yamada Nishiki rice,from Hyogo”special A”Grand Cru terroir,a third offering from a brewery representing the finest in sake for some 350 years. Bright and present,it blossoms with sweetness,bitterness,freshness,and roundness forming a harmonious body. Its rich complex taste might be a perfect match to the savory flavors of white fish butter meuniere,or other light yet flavorful fresh ingredients.衝撃の「百黙」登場から2年
2年前の「百黙 純米大吟醸」の登場は衝撃でした。「生酛のキクマサ」が速醸で、キクマサ酵母ではない(であろう)高香気性の吟醸酵母を使ったトレンドの酒を造ったのは予想外の出来事で、これまで低価格帯のお酒では様々なチャレンジはありましたが、明らかな高価格帯では考えられないものでした。今回の二つのラインナップの追加によって、この路線が一過性ではなく、主要な路線になるものと受け止めています。
従来の菊正宗ではない世界
「百黙」の特徴は「華やかな香りを出す吟醸酒」であり、開発コンセプトは「日本一おいしい冷酒」。これは「最低でも全国新酒鑑評会で金賞がとれる酒」というもので、そのために低温長期型醪の導入や火入後の急速冷蔵、マイナス5℃の低温貯蔵タンクの新設などの製造フローの変更にも取り組み、その言葉どおり平成29酒造年度全国新酒鑑評会では嘉宝蔵五番、菊栄蔵の両蔵とも金賞を受賞しています。ただし、ホームページのどこを見ても「鑑評会」という言葉も「金賞受賞」の文字もありません。その理由は、百黙の開発に向けての一環として鑑評会への出品を再開したもので、その結果は製品にフィードバックすればよいというものでしょうか。
菊正宗という存在感
菊正宗は灘の酒蔵のなかでも特別な存在感があります。江戸積みの下り酒で財を成した灘の酒蔵のなかでも嘉納家の本家として中心に位置したという歴史はありますが、明治期以降昭和にかけて、時代をリードした酒質・品質によって名声を高めたという印象があります。
1965年に勝新太郎と田村高廣が出演し、戦前の満州を描いた大映映画「兵隊やくざ」のなかに
(勝 )「軍隊の安い酒じゃだめだ!」
(田村)「よし、本物の菊正宗を飲ませてやる」
という台詞がありました。これも当時の評価の表れであろうと思います。
もっとも、その高い品質の土台になったのは率先して改良を重ねた伝統の生酛造りであり、現在に至る酒造業界での立ち位置も、戦後、全国の酒蔵がほぼ速醸に移行した後も菊正宗は生酛を守り、それまで培ってきた生酛のノウハウを公開するだけでなく、全国の酒造技術者を集めて研修会まで実施して生酛造りの再興と普及に努めたという歴史に裏打ちされたものがあります。そういった歴史があるだけに、この「百黙」の登場は大きなインパクトがありました。