かつての摂泉十二郷、上在富田に蔵を構える壽酒造さんが冬季限定で販売する「貴一本 しぼりたて生酒」です。貴醸酒の製法をベースにした「当蔵独自の特別醸造技法」ですが、これを新酒生酒で出荷するというもの。貴醸酒は登録商標のため、名称は「貴一本」となっています。季節限定で3月に販売終了。
貴一本 しぼりたて生酒 720ml 1,512円
[ Ki-ippon Shiboritate-namazake] Brewery:Kotobuki Brewery Osaka pref Takatsuki city, Specific designations:No, Variety of raw rice:unknown, Degree of rice polishing:70% Pasteurize:no pasteurized ,Yeast:unknown ,Yeast starter:sokujo-moto-method, Alc%:17% Fragrance:banana, Taste: sweet
貴醸酒製法で生酒
原料は米、麹米ともに国産米。他に清酒が原料となるので、特定名称酒にはならず、普通酒になります。精米歩合は70%。酒母は速醸で、酵母は不明ですが協会酵母だろうと思います。醪の3段目、つまり留添に水の代わりに酒を入れるという延喜式に記された「しおり」の製法、現代では「貴醸酒」の製法ということになります。アルコール度は17度で、日本酒度は-22です。冬季に1本だけ仕込むもので、「3月末までにお飲み頂くようお願いします」となっています。
「こんな手があった」フレッシュ・フルーティ
「なるほど、この手があったか」
ストレートで強い甘味。滑らかとか美しいというものではありませんが、めっぽう素直な潔さです。その周りをフレッシュでフルーティな酸味が取り囲みます。コクをつくるコハク酸的な酸味ではなく、リンゴ酸の爽やかさが前面に押し出されます。この二つでは単調になりそうですが、そこは貴醸酒の製法による豊富なアミノ酸が骨格のある質感を形づくって、濃醇さに寄与しています。通常は熟成させてこの濃醇さを重厚にしますが、そこをフレッシュ・フルーティな軽やかさにコクをプラスする味わいに振ったという予想外の展開です。貴醸酒にもこの手があったのかと感心させられてしまう、食前酒として食欲を喚起する、いけている一杯です。
「しおり」或いは「貴醸酒」とは
貴醸酒は国税庁醸造研究所(現・酒類総合研究所)が昭和48年(1973年)に開発した醸造法で、開発者の一人、高橋康次郎博士によると、結果的に延喜式(927年)に記された製法と類似するものの、復刻を目指したものではなく、特別な高級酒を創造するという開発コンセプトだったそうです。この製法は特許(期間終了)が取得され、広島県呉市の榎酒造さんが実際の醸造と製品化にはじめて取り組んだもので、「貴醸酒」という名称も、榎酒造さんが商標登録され、約40社の「貴醸酒協会」加盟蔵がこの名称の使用を認められています。従って、このお酒は「貴」の一字のみをとって「貴一本」と名づけられているものです。
熟成が基本の製法を”新酒生酒”で
貴醸酒の製法や味わいそのものも興味深いものですが、一般的には「熟成酒」の方向性にあります。これは、アミノ酸や糖分、有機酸が多いことで熟成しやすい酒質となり、色沢や熟成香に特段の適性を生み出すことが理由です。逆に、この「貴一本」は熟成させずに、進取生酒で出荷し、「3月末までに飲んで」というのがコンセプト。これによってアミノ・カルボニル反応によるアミノ酸度の減少や着色の進行、メラノイジンやカラメルが増加する以前の新鮮味や、ソトロンによる熟成香の増加前、タンパク質の分解による苦味の増加以前の状態で味わって欲しいという新機軸だろうと思います。
あえて熟成せず、低価格で
「当蔵独自の特別醸造技法により造られた渾身の酒 冬の限定商品、自信作の貴重な一本」という売り出しのお酒ですが、もともと、製造原価が嵩む上、熟成によって付加価値を増加させるため、さらに高価になる貴醸酒を、貯蔵期間をおかずに低価格で販売するというのも新しい試みです。