月桂冠「伝匠 月桂冠 百年酵母仕込み 純米吟醸」30BY 京都市伏見区

京都伏見の最大手である月桂冠さんが、かつて月桂冠の新酒醪から分離され、1917年より頒布された協会2号酵母を復活した「伝匠 月桂冠 百年酵母仕込み 純米吟醸」の生原酒です。凍結保存されていた酵母を2009年に解凍してから10年の歳月をかけて製品化にこぎつけました。2019年4月製造。限定生産。
伝匠 月桂冠 百年酵母仕込み 純米吟醸 720ml 3,070円(おそらく発泡スチロールの保冷ボックス370円込み)

[Densyo Gekkeikan 100years yeast junmai-ginjo-shu] Brewery:Gekkeikan Brewery Osaka pref ,Kyoto city, Specific designations:Junmai-daiginjo-shu, Variety of raw rice:Iwai, Degree of rice polishing:60% Pasteurize:no pasteurized ,Yeast:Kyokai No.2 ,Yeast starter:sokujo-moto-method, Alc%:15% Fragrance:apple, Taste: sweet and rich

協会2号酵母がついに復活

まずは協会2号酵母の復活を、全国のマニアのみなさんとともにお祝いしたいと思います。原料米は京都府産の「祝」を100%使用。精米歩合は60%です。酒母は中温速醸又は普通速醸。アルコール度は15度。酵母の発酵力が弱く、36日間に及ぶ長期醪でようやく15度に到達したもの。当然ながら原酒です。日本酒度は公式表示はありませんが、月桂冠大蔵記念館販売所のポップには-22と表示されていたように思います。

100年前の酵母とは思えない ジューシーなテイスト

はっきりした吟醸香、リンゴ系の香りが立ち上がります。口に含んだ第一感は酸味。果実感にあふれる丸みと滑らかさを感じる酸味です。これに続いてきめ細かで綺麗な甘味がたっぷりと出ます。いずれも膨らみ広がりではなく、美しい姿を保ったまま比較的早いキレに結びます。後を引かないクリアなキレが見事。絶妙というほかありません。この味わいは十分に冷やして堪能して下さい。
ラベルの紹介は「果実のような優しい香りと甘味と酸味が調和するジューシーなテイスト」です。100年前の酵母とは思えない、1号酵母とは全く異なる現代的な酵母です。

現役で稼動する「内蔵」。平成30酒造年度全国新酒鑑評会でも金賞受賞

明治から大正へ 2号酵母登場の時代

協会2号酵母は1912年(明治45年)に月桂冠の新酒醪から分離され、1917年(大正6年)から1939年(昭和14年)まで頒布されました。その特徴は「林檎のような芳香を放ち」「酸の生成量及びアミノ酸の生成量は極めて少ない」と当時の日本醸造協会雑誌(江田鎌治郎「酒質改善上優良酵母菌の利用」)に記されています。
当時の背景を俯瞰すると、櫻正宗から分離された協会1号酵母が1907年(明治40年)から1935年(昭和10年)まで頒布されます。この酵母は「強健」が特徴で「発酵力が強く酸の生産が多い。雑菌にも強い」というもの。当時の「安全醸造」という要請に合致したもので、櫻正宗さんによって復活したお酒は当時の酒造りを忠実に再現したもので、その酒質や味わいは時代背景を端的に反映したものです。一方の2号酵母は発酵力が弱く、目標のアルコール度を得るのに長期間を要するという意外なもので、酒質も全く異なるものとなっています。

時代を感じさせる内蔵内部。見学コースになっています

もう一つの変化、速醸酛の登場

また、同時代の1909年(明治42年)に山卸廃止酛が国立醸造試験場で開発され、前後して江田鎌治郎によって速醸酒母が考案されています。いずれも従来の生酛に対して醸造の合理化、省力化を企図したもので、江田の開発した速醸酛は当初の品温を保ったまま経過させるもので、後に品温を下げて「打瀬」行う改良型が花岡正庸らによって開発されています。後に花岡は「秋田流長期低温酒母」にまで行きつきます。その理由は速醸酒母では生酛的なゴクや味のふくらみが足りないという批判があったことに対して、品温を下げて酒母期間を長期化すると香味が改善するというものでした。もっとも、この批判が根拠のある話であったのか、単なる思い込み(それなりの根拠づけはありますが)であったのかはわかりません。しかし後に、この品温を下げる方法が普通の速醸酛になり、品温を保つ方は中温速醸と呼ばれるようになりました。もちろん、江田は「糖化を進めながら、すみやかに酵母増殖も進める」という開発目的から逸脱するものとして批判していたようです。

現在の主要な3つの蔵のひとつ「昭和蔵」

月桂冠の技術開発の草創期

さて、このような時代のなかで月桂冠では1908年(明治41年)に東京帝国大学を卒業した濱崎 秀を初代技師として採用し、翌年には大倉酒造研究所を創設します。1913年には伏見醸友会という酒造技術者の団体が立ち上げられ、濱崎が初代会長にも就任。以後、月桂冠の取締役などを勤め1945年に退任するまで、伏見をはじめ、酒造業界の発展に尽くしています。この伝統を引き継いでいる月桂冠総合研究所は現代の酒造技術の主要な部分を解明・発明しています。
月桂冠総合研究所によるとこの2号酵母は現在主流の7号酵母系とは遠い距離にあり、全ゲノムシーケンス解析を行った結果、7号酵母とは遺伝子に83,127か所の異なる部分が確認されたそうで、7号と9号酵母の相違が3,636か所であることと比較すると、その独立性は明確です。したがって、この酵母からこれまでにない展開がもたらされることも期待できそうです。

月桂冠大倉記念館に展示された月桂冠の歴史のディスプレイ

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