小山本家酒造 灘浜福鶴蔵「七ツ梅 生酛純米酒」29BY 兵庫県神戸市

江戸時代から続く伝統のブランド「七ツ梅(ななつうめ)」は、いくつかに変転を経て、現在は灘魚崎郷の小山本家酒造灘浜福鶴蔵さんが「摂州灘の酒」として醸造販売しています。
七ツ梅 生酛純米酒 720ml 1,410円
[Nanatu-ume kimoto-junmai] Brewery:Koyama-honke Nada-hamafukutsuru Brewery, Hyogo pref, Kobe city, Specific designations:Junmai-shu, Variety of raw rice:Yamadanishiki ,Degree of rice polishing:60% , Pasteurize:pasteurized ,Yeast:Kyokai No.7 ,Yeast starter:Kimoto method, Alc%:15%, Fragrance:straw,Taste:rich

伝統の銘柄を生酛純米で新設計

原料米は兵庫県産山田錦。精米歩合は60%です。酒母は生酛で酵母は協会7号酵母+αのようです。なお、生酛ですが酒母室に半切り桶などはなく機械を使って酛摺りをしています。アルコール度は15度。日本酒度は+4。酸度2.0、アミノ酸度1.5となっています。伝統のブランドですが、酒質の復刻ではなく、灘浜福鶴酒造が受け継ぐ際に新たに生酛純米酒として設計し直したお酒です。

濃醇に広がり、あっさりと収まる

観光蔵として見学ができる吟醸館の酒母室

香ばしい香り。口当たりからガツンと味わいの来るお酒です。果実的ではない太い酸がたっぷり膨らみます。土台を甘味がしっかり支えて、豊かな旨味が口いっぱいに広がります。濃醇さは前半に現れ、後半はあっさりとした味わいに収まって、意外なほど綺麗なキレに結びます。現在の基準からは濃厚な田舎酒になるでしょうが、うっとおしい雑味を感じることなく、辛味、苦味も整った姿となって、後口に無用の余韻を残しません。「料理を引き立てる」というコンセプトどおり、一杯、二杯では終われない、思わず重ねて飽きることのないお酒です。

「七ツ梅」ブランドの300年の変遷

手作業の箱麹で製麹を行う杉造りの麹室

「七ツ梅」は元禄7年(1694年)には存在していたようで、元は「摂州伊丹の酒」として木綿屋が蔵元になっていました。当時、伊丹酒全盛の時代で、江戸への下り酒で人気を博し「酒は剣菱、男山、七ツ梅」と称されたそうです。その後、酒造中心地が伊丹から灘に移るなかで、木綿屋も衰退し、天保13年(1842年)には現在の埼玉県深谷市にあった田中藤左衛門商店(近江商人)に銘柄が譲渡され、ここで製造が続けられました。葛飾北斎や北川歌麿の作品にも登場し、天保年間(1831~1845年)には大奥御膳酒となったとあります。
この田中藤左衛門商店も時代の変遷のなかで平成15年には廃業。七ツ梅を譲渡するとこになります。
一方の灘浜福鶴蔵も変転があります。播州でみりんなどを造っていた合田純造氏が1950年に神戸市兵庫区で「福鶴」銘柄で酒造業に参入。後に福鶴酒造を設立。さらに灘魚崎郷で明治初期には「大世界」銘柄を造っていた酒蔵を買い取り、「福鶴」ブランドを醸造していました。しかし、日本酒の低迷期に入って経営が悪化。1989年には埼玉の世界鷹小山本家グループに入ります。経営立て直しの矢先、1995年には阪神淡路大震災で酒蔵は全壊。翌年3月に社名を浜福鶴とし現在の四季醸造・観光蔵を建設。「七ツ梅」ブランドを正式に譲渡されます。平成25年には㈱小山本家酒造灘浜福鶴蔵となっています。

新しい「七ツ梅」の開発-あくまで料理を引き立てる脇役

吟醸館は試飲のほか、酒や食料品、関連グッズの販売も

しかし、このお酒は往年の復刻酒ではありません。酒蔵のホームページにある開発者のコメントによると、「歴史ある『七ツ梅』の銘柄を受け継ぐことになり、いったいどんなお酒を造れば良いのか正直迷いました。ある時、近所の小売店さんのご主人に相談したところ「じゃぁ一緒に飲みに行こう」という事になり・・」と、ここで「そのご主人は、料理と酒の相性を通じて『酒はあくまで料理を引き立てる脇役であり主役では無い、料理や素材の持ち味を引き出し旨味を増幅させるためのものだ。』ということを、私に伝えたかったのです。・・・『目から鱗』の思いでした」というお話で「ようやく私は、『七ツ梅』の味をどうするべきか分かったのです」と記されています。従って、銘柄の伝統は継ぎつつ、新しく設計し直したお酒ということになります。

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